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平将門②

本当かどうかは分からない。
起こったこと,出来事は事実です。

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続きです。

平将門公の鏡役をやってやっと確信が持てました。

それは何かとというと,その時,間違いなく将門公の鏡をやっていた。
将門公のの言葉を発していた。
私自身の言葉ではなかった。
その確信が大きかった。

このことはうれしいことでした。
私は鏡役をやっているとき,その時に,自分が入っているのではないか。
自分の思い,考えが出ているのではないかと思っていることが良くあり,自信がなかったことが時々ありました。

この将門公の鏡をやった以降は,自分と鏡に来ている方と明確な区別ができるようになったのです
しかも私の中でできるようになったのです。コントロールできるようになったのです。

だから,その場にいた方々に「以前の私ならできなかった。今だからできた鏡役だ。」
と言っています。

私にとっては大進歩の出来事でした。

続く

平将門公に感謝します。ありがとうございます。

起こったこと,与えられたこと総べて受け入れ,神々に感謝します。
ありがとうございます。
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[ 2013/05/27 19:29 ] チャネリング | TB(0) | CM(0)

平将門①

本当かどうかは分からない。
起こったこと,出来事は事実です。

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やっと平将門公について載せます。

2010年 7月29日に“真理=神理の研究会”の掲示板に載せたものです

19日、東京都千代田区にある平将門公の首塚で救霊活動をした報告が○○○さんからありましたね。

私はそのときに鏡役をさせていただきました。そのときの私の感覚と状況、そして簡単にですが将門公について調べたことの内容から私が推測したこと書かせていただきます。

将門公は,神から与えられた自分の役目を自覚していたと考えられます。実際に将門公は自分の領地には、善政を行い領民から慕われています。このことからも将門公のお役目はわかりそうな気がしますね。

でも将門公の最大の失敗は自分が神の分魂であるとは知らず、神の生まれ変わりだと考えたことです。そこに我と慢心が生じた。
それに正義感が強かった。これが間違いのもとだったのでしょう。
そして“新皇”と名のり、その前後から,領地を治めるよりは,戦に身をゆだねていきます。
そしてついに、私が鏡の時に将門公が言った言葉にあった“役目を忘れるために,殺戮を続けた。”という状態になり後戻りできなくなってしまったのですね。
将門公の意識は,戦いは、殺戮をしていると感じていたようです。
罪の意識があったのです。だから私が鏡の時に自分を“殺戮者”と言ったのです。

自分に罪の意識があるだけに、自分が神の分魂であることがわかったときは『神』に祈っただけで自分の罪を悟りやり直すことができた理由だと思います。

平将門の怨霊(怨念)は,単なる怨みではなく,自分が役目を最後まで果たしきれなかった悔しさ,お役目を途中で止めてしまった無念さ,役目から逃げてしまった後悔。これらの思いが怨霊になったのでしょうね。
当然それに一族の怨みも加わったのでしょう。

そのせいでしょうか。将門公の怨霊をときの権力者は利用していますよね。
これは、単なる怨みではないことを立証していると思います。

将門公は,私(我々)に,大きな戒め,教訓を与えてくれたと思っています。将門公に感謝ですね。


この内容を載せる前に,
その場にいた○○の人がこんな内容を掲示板に載せています。

将門公は、
身動きが取れず、声も出せない状態にされていて、肉体を失ったときのまま、髪や顔など体中に返り血がべっとり固まっていたようです。
 将門公は分魂でしたが、通常の分魂のお諭しをするまでもなく、『神様』に祈っただけで自分の本来の使命などを思い出し、清らかになって清らかになって御本体と一体になりました。
 ○○さんが“では御本体に代わってください”と言うと、“こんなところに私の御本体を出すわけにはいかない。今後の『真理=神理』勉強会で挨拶をします。”と言って、そのまま上がって行かれました


将門公は,この時に,「血が流れる、血が流れる。」と言っている。
髪や衣服についていた血糊が溶けて流れていくのです。
そして「私は,英雄なのではない。単なる殺戮者だ。」とも言っている。
最後は、歌舞伎の衣装のような姿で昇華していきました。

私は,将門公の鏡をやって,自分の能力が、より高まったことを感じました。
大きく進歩したことを感じました。

この後、平将門公と出羽三山神社で接触しました。国宝の前です。


続く

平将門公に感謝します。ありがとうございます。

起こったこと,与えられたこと総べて受け入れ,神々に感謝します。
ありがとうございます。
[ 2013/05/26 20:58 ] チャネリング | TB(0) | CM(0)

ヘミシンク

本当かどうかは分からない。
起こったこと,出来事は事実です。

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今後のブログを書く内容のことを考えると,ヘミシンクのことは触れなければなりません。
ヘミシンクのセミナーにもよく行っています。
ヘミシンクに興味を持った理由は大きく2つあります
1つ目は死後の世界を知りたい。あわよくば,神界も知りたい。
私が以前,御神霊の分魂の方の鏡をやっている時です。
「あなたが初めて命をいただいとときことを思い出してごらんなさい。」
私が「神界です。」と答えた時,神界のイメージがわくのです。
そしてそれが,色が常に白なのです。
池、階段、樹木、円錐でてっぺんが球の建物,総てが真っ白のイメージなのです。本当に色が無いのか。確認したかった。
もちろん今は,違います。イメージしたことが本当かどうかはわからないからです。
2つ目は,私によく起こる耳に響く声,ヘミシンクでは,“ガイド”という存在があるらしく,それと同じなのか確認したかった。知りたかった。
これが理由です。

ヘミシンクのセミナーでいろいろ経験しましたが,特にというのを1つ。

フォーカス21のセミナーでのことです。
フォーカス21は,日本でいう三途の川のある所,死後の世界と現世とのつなぐ場所らしい。

ヘミシンクで行くと,そこは港町でした。いろいろ探索しているうちに,港に行きました。
大きな船があり,「乗せて下さい。」とお願いしたら、「今はだめ。」と返事。
今は向こうに行けないらしい。
そうこうしているうちに犬が2匹やってきました。
すぐわかりました。昔,私が小さい時家で飼っていた“あか”と“パール”でした。
“あか”は私の手術した左のほほをなめまわします。
“パール”は私の膝に顎を乗せて私を見つめています。

“あか”は私を追いかけて常にそば居た犬です。友達を遊んでいた時ですらそばにいて邪魔になるくらい。それで,怒ったことがあるくらいです。
“あか”が死んだ時,家の人はだれも私に教えてくれませんでした。
「あかどうした。どうした。」と聞いても。
ある時、家のある部屋に毛皮が飾ってありました。
それを見た瞬間,涙がこぼれて仕方ありませんでした。
それが,“あか”の毛皮ではなかったと思いますが,なぜかその時に“あか”が死んだことがわかったのです。
私が幼稚園に入る前のことです。未だに覚えています。

“パールは”子犬を産んですぐでも私だけは犬小屋に入れ,生れたての子犬を触っても何も問題ない犬でした。

その後,この2匹から引っ張られて移動していきます。
連れていかれた所は,ジャズバーのような場所で,そこにはたくさんの人がいて,その人たちが一カ所に集まり水のようになります。
私はそこに入り、その水と一緒になる。一体になる感覚になりました。
トータルセルフ?
「もう上がりなさい。」と言われ,水から出た時にタイミング良すぎるくらいに終わりのナレーションが聞こえてきました。

この2匹の大事な犬は,ガイドとしてヘミシンクの時に来てくれます。
日常生活では,でてきませんが。
 
起こったこと,与えられたこと,総べてのことを受け入れ神々に感謝します。
ありがとうございます。

[ 2013/05/19 21:04 ] ヘミシンク | TB(0) | CM(0)

唐松神社

本当かどうかは分からない。
起こったこと,出来事は事実です。

唐松神社
唐松神社


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昨日(2013年5月11日)のことです。
秋田市での用事を果たし家に帰る途中でした。
高速道路のJCを曲がらなければならなかったのですが,なぜか直進していました。
引き返そうかと思いましたが,この方向だと唐松神社があります。
せっかくなのでお参りさせていただこうと思いました。
行かされたような感覚です。

唐松神社でお参りをしました。
素晴らしい杉の木が参道にある神社です。
その時です。
もう一度解放してほしい。”と,頭に響いた声がありました。
“同じ方法でいいですか。”と,私。

「もう一度」というのは,
富山の皇祖皇太神宮でお参りした時に,与えられた啓示の一つに“封印を解け”があります。(いずれ詳しく載せます。)

それもあり,以前,唐松神社をお参りした時に,何か今の3次元ではわからない何かを手にいただいたのです。
今の我々の生きている世界では,表現できないものらしい。
お参り後,なぜか,神社の後ろの方が気になり,なぜかその方向に向かったのです。
神社の後ろの柱のある地面になぜかやたら石の多い箇所がありました。
ここだと閃きました。
封印の解き方は“行けば分かる”と啓示を戴いていました。それもあり,成り行きにまかせました。
目を閉じ,意識を集中します。
すると“先程与えたものを解放せよ。”
手を広げてそれを石のある方に放出するような感じで行いました。
以前行ったことです。

昨日も同じように行いました。
解放が終わった瞬間,なぜか私の耳に神楽」の音楽が聞こえてきたのです。
神社では,祈願が行われており,CDでも流しているのかなと思いましたが、神社の表に回ってみるとそんなことはなかった。
聞かせてもらったことは,涙が出るほどうれしかった。
終わったらまた来い”と言われていましたので,再度,お参りをしました。
御祭神からは感謝の言葉,波動をいただきました。

唐松神社の御祭神の神々様,感謝します。
ありがとうございました。

起こったこと,与えられたこと,総べてのことを受け入れ神々に感謝します。
ありがとうございます。

[ 2013/05/12 19:20 ] 封印 | TB(0) | CM(0)











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