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生と死

本当かどうかは分からない。
起こったこと,出来事は事実です。
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思ったこと,考えさせられたことも事実です。

これから載せる内容をなかなか書く気が起きないでいました。
それは,なにとなく書く気が起きないことと自慢話をする内容になる気がして仕方ないからです。

意識不明になった時の病名は,脳膿症という病気です。
脳に膿が溜まって起こる病気です。
聞いた話です。意識不明の時,脳は濁っていたそうです。

意識が戻って何日か経った夕食を食べ終わった後です。
5人だったと思います。若いお医者さんが私の入院している部屋のベットの脇に来て,話します。
「退院して欲しい。」と。
その理由は,
「最初の手術で完全に終わったのではない。手術するまで時間があまりなかったので検査が完璧ではなかった。もう1度手術する必要がある。その時のリスクは5分5分になる。そのリスクをうちの病院が負わなければならないのか。以前,脳外科の手術を行った地元の病院の方が,前に手術を行っているだけノウハウもあり,あなたにとっては良いのではないか。」とのこと。

実際,後から叔母から聞いた話に,意識不明状態の時,救急車で地元の病院に運ぶ計画もあったようです。

“5分5分”と言われたとき,多分誰でも考えると思います。
“自分は本当に死ぬのか。しかも5分5分の確率で。”
その夜は,生きることと死ぬことを含めいろいろなことを考え,眠れませんでした。
なかなか寝付かれずに悶々としていました。
そうしているうちに,あることが頭に浮かびました。
それは,このブログの最後にいつも書いていることです。

“起こったこと,与えられたこと総べて受け入れ,神々に感謝いたします。
ありがとうございます。”

そうです。“生”も“死”も与えられるものであること。死すら感謝すべきである。
そのことに気付きました。
そして,思いました。

“死んでも,まっあいいか。”と。

死んだら,退職金と生命保険金が残せるし,身内は金銭的には困ることは無いし,むしろ生きているよりは死んだほうが身内のためにはなるのではないか。と
そして,生きていた時は,それは何か私が行うべき何かがあるのか。使命があるのか。そのため生かされるのではないか。
その時,初めて富山の皇祖皇太神宮に参拝した時のことを思い出しました。(内容はいずれ書きます。)

その後,その日は,ぐっすり眠ることができました

そして,奇跡が起こったと思います。

意識が戻ってから退院するまで約一カ月間にCT検査3回MRI検査2回の結果から脳の濁り塊が本当に小さくなり,脳にあった濁りがきれいになったことが分かったようです。

東京大学附属病院のすごいところの1つに。
MRT検査が1カ月に2回もできること。地元の大学病院では,絶対無理です。県内では間違いなくN.1の病院なのにMRI検査を受けることができるまで3か月待ちにもなります。

この検査の結果から,もう手術が必要なくなったようです。
説明がなかったからくわしくはわかりませんが。
このことだけでなく,意識が戻ってから医者から診察を受けたという記憶がありません。

退院直前に入院した時の私をわかっている看護師さんから聞いた話です。
入院した時の私を見たときに,手足が普通に戻るとは思えない。普通に話ができるように回復できるとは思えない。
と見えたそうです。
そして,そばにいたお医者さんは“こりゃ,だめだ。”と,つぶやいたそうです。
今,手足も普通だし,普通に話はできます。
奇跡です。


起こったこと,与えられたこと総べて受け入れ,神々に感謝いたします。
ありがとうございます。

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[ 2014/11/28 21:01 ] 病気 | TB(0) | CM(0)











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